講評対象としてランドスケープを考える

日比谷ランドスケープデザイン展2019にゲスト講師として参加させていただいた。

建築の視点からコメントすることを求められていたとはいえ、ランドスケープを普段デザインわたしとして、どういうコメントをすればいいか迷いもあったが、実際の作品を拝見すると、建築とランドスケープにほとんど垣根がないことに改めて気付かされた。

あえて言えばランドスケープがよりピュアで建築的空間を表現しているようにも感じた。

時間軸をしっかり取り入れた設計もそうだし、純粋に美しいものを追求するデザイン手法、一見リアリティが無いように見えるデザインでも、少なくプレゼンテーションのところまではしっかり現出できているところを見ると、最終的にデザインを実現させるのは、それを作りたい情熱なのかなと、改めて思った。心象風景をリアリティを排除して作り出すこともデザインだし、その美しい成果物を、パッションをもって、なるべく忠実に実現させるのも、デザインだと思った。作るプロセスにもデザインは存在しないと本来はいけないはずである。しかし両者はあえて分けて考えていいのではないか、とも考えた。

場所をベクトルの集合として考えてみる。何も手つかずの場所はベクトルがない状態、何かの手を加えた(ベクトルを足した)状態が、人工的な状態だとすると、例えば商業建築はベクトルをひとの欲望を掻き立てる方向にベクトルをかき集めたような状態だし、いわゆる一般的な建築もその傾向は多少ならずある。

対してランドスケープのめざす方向は、たくさんベクトルが存在すれど、ベクトル同士が打ち消し合って、ゼロの場を作り出す、ということではないだろうか、と思った。

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